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zoom RSS 旅の記録 浜松(1)

<<   作成日時 : 2018/06/14 21:21   >>

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2014年    (青文字は主治医への報告書から抜粋)

4月30日(水)

23時、自宅を出発。

『ドクター、いつもお世話になっております。
先日、浜松市に住む娘夫婦のところに母を連れて行ってきました。
春になったら浜松へ遊びに行きたいと母がずっと言っていましたので、思いきって出かけました。
4月30日の夜11時に出発、運転は息子がしました。
車の中にベッドを作り寝られるようにしたのですが、母は出発前に熟睡していましたし、はしゃいでいたのでほとんど寝ませんでした。
高速道路の地名をずっと読んでおり、来たことがあると喜んでいました。

5月1日午前3時半ころ京都手前でトイレ休憩したとき、右手に大便をつけて出てきました。その後、車中で大便を失禁しました。臭いがしたのですが本人は否定しました。
今まで熱中症のとき以外に失禁したことはありませんでしたので、失禁パンツだけ使用し、おむつの用意はしていませんでした』

名神草津PA、3時半。
湾岸刈谷PA、6時。
東名三ヶ日JCT、6時半。
新東名浜松浜北IC、7時。
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『午前7時過ぎに娘夫婦の社宅マンションに到着しました。
娘夫婦はマンションの2階に住んでいます。
母は、意識はしっかりしており、娘夫婦に会えて喜び、社宅の人にも挨拶をしました。
仮眠し、ドライブに誘うと「眠いし、することがあるから」と母は断りました。
実際、眠いだろうし、おそらく失禁したものを内緒で洗いたいのだろうと思ったので、着替えなどをわかるようにしておいて出かけました』

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『それから約2時間後、マンションの1階駐車場あたりでソックスだけで歩いていたところを通報されパトカーで保護されました。
警察では住所氏名電話番号生年月日を正確に答えたため、松山南警察署、松山市役所経由で地元警察から私の携帯に連絡が入りました。
母は楽しそうに待っており、しっかりトイレに行き、挨拶をして帰りました。
私の名前は言いますが、敬語で、自分の娘だという関係は分かっていないようでした』

自分、いつものように携帯はバッグに入れたまま車の中に置いていた。
車に戻り、松山南警察署と浜北警察署からのおびただしい着信履歴。
「どこからか分からんけど着信がいっぱい」
「最後が0110は警察だよ、おかあさん」
娘の夫が答えた。
「何で、携帯ずっと持っとらんの」
娘が言った。
「いっつも持ってないよ」
息子が言った。

とりあえず警察に保護されているのだから、よかったよかったと安心する自分たちって、変かも。
義弟から500万円返済の連絡が入り、先にATMで確認してから警察に行く余裕。
でも、社宅のドアも全開のまま数時間が経っていた。
靴を履かせて母を引き取り、プレ葉ウォークで食事をさせ、アピタで母の下着を買う。
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『翌5月2日早朝、ぐっしょりと尿失禁で起きてきました。
いくつかの観光地巡りをしましたが、日中の失禁はありませんでした。
たびたびトイレ休憩を入れ、娘が手をつなぎましたが、他人が手をつないでいると思った様子で余計なことをすると怒りました。段差は危なく、座ると立ち上がれないことが多く、転倒し顔面や手などにけがをしたので手つなぎは必要でした。
娘夫婦も一緒に車に乗っていたのを団体旅行と思ったようで、他の人を探しに行くと言って突然歩き出すことが多かったです』


母は混乱し夜の間何度も起きて徘徊した。
朝早く失禁し、気がついた娘の夫がコインランドリーへ行ってくれた。
「おかあさん、こんなことをしていたら死んでしまうぞ」
と、母の世話で寝てないわたしを叱るように言った。
娘の夫の実家も、お母さんが折り合いの悪い姑さんを施設介護しており、生活が圧迫されている。
施設に費用がかかることに思うところがあったようだが、このような在宅介護を自分の母にさせるくらいなら費用がかかった方がいいと思い直したようだった。

母は高齢による認知症の症状はあったが、誰も認識できないとか、どこにいるのかも分からない、こんな状態になったのは初めてで、あまりのことに、驚きや悲しみより不安でいっぱいになった。
娘夫婦が心配して、いろいろ気を遣ってくれるのが有難かったが、自分は不安に満ちた顔をしていたと思う。

お天気が良く、みんなで出かけることになった。
娘が手を放した隙に母が駐車場の縁石につまずいて転倒し、顔面を打った。
手をつくことも忘れて顔から倒れてけがをした。
入れ歯が割れなくて本当に良かったが、もう泣きたい気分だった。
母は混乱し、娘の夫は娘に厳しく注意した。
それからは、娘夫婦は母から手を離さなかった。
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ここには来たことがあるとか、わけの分からないことばかり言う母を連れて、最初に、小国神社に行った。
時々お茶を買いに来ている娘夫婦に母を任せて、息子と川沿いを歩いた。
「若葉がきれいからゆっくり楽しんでね」と、娘夫婦が口々に言った。
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若葉は美しく、モミジの赤い種が可愛く、緊張で浅かった呼吸が少し深くなった。
当時、息子は仕事の関係で、精神病学会などで医者だけのあけすけで絶望的な話を幾度も聞いており、母の崩れていく症状を、論文を確認するかのよう見守っていた。
静かな言葉を聞きながら、多くは語らなかったが、抗えないレールを行く母の行く末を思い、いずれは自分もと受け止めながらも、どうすればいいのだろうかと自信がなく、生きることのつらさに、泣けてきて、モミジのフォーカスが、マニュアルだったので、合わせられていない写真ばかりになった。
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白い花がきれい。
のんびりと泳ぐ亀を見ながら、気持ちを落ち着けた。
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ことまち横町で母と娘にお揃いの食器を買った。
お茶の詰め放題が面白く、娘たちが笑うので、一緒に笑った。
お茶を買った。
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昼食は金谷のイタリアン「ルイジアナ ママ」。
母は何も食べないと拒否。
騙すようにして食べさせ、自分は胃が痛く食べた気がしない。
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茶畑を通り抜け、蓬莱橋。
母は、大井川を近所の川と思い込んでいて、知り合いが住んでいるとばかり言う。
もう、みんな母の言うことを否定せず、そうねそうねと同調する。
娘夫婦は、母が喜ぶだろうとここを選んだ。
「ばあちゃん、黄門さんはここで撮影したんだよ」
「あ、そう」と母は笑顔を見せるが、微妙。
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遠州森町PAに寄った。
ここでお土産物を買ったはずだが、何を買ったか思い出せない。
もう、母のトイレの世話でくたくた。
お店を見るよりベンチで休みたい。
5人で、まったりとベンチで休憩。
森の石松って、ここだったんだ。
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(続く)

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